続けているつもりなのに、気がついたらやめている。
習慣になったと思っていたのに、少し流れが変わるとやらなくなる。
そんな経験ありませんか。
自分は何度もあります。
長く続けて習慣になっているはずなのに「もうやめようかな」と思うことがあります。
習慣になっているはずなのに、なぜ続かないのか。
少し不思議に感じていました。
そんなときに、AIに「継続と習慣の違い」を聞いてみると、
一言で言えば「意志の力が必要かどうか」だという答えでした。
AIの定義は分かりやすい
継続は、「よし、やるぞ」と意識して頑張っている状態。
習慣は、歯磨きのように、無意識に体が動いている状態。
なるほど、たしかに分かりやすい定義です。
歯磨きは毎回気合を入れてやるものではありませんし、ダイエットのジョギングのようなものは、「続けよう」と思ってやっている感覚があります。
努力が必要なうちは継続で、努力がいらなくなったら習慣。
そう言われると、一般的にはその通りなのだと思います。
習慣になっても、続ける力は必要だと感じている
ただ、自分は少し違う感覚を持っています。
自分の中では、たとえ習慣になったとしても、続けていく力は必要です。
それこそが継続力だと思っています。
例えば、合気道に行くことは習慣になっていますが、それでも行きたくない日はあります。
一度仕組みができて、自然にできるようになったとしても、頑張らずに続けられるわけではありません。
何十年も続けていても、もう迷わないということはありません。
実際に、合気道もやめたくなったことがありますし、早起きもやめようとしたことがあります。
もちろん、考えたうえでやめるという結論を出すこともあると思います。
実際に、書道や剣術は習うのをやめました。
ただ、自分の場合は、そのたびに「自分の人生をどう生きたいのか」を考え直してきました。
その上で、続けると決めたものを続けている、という感覚があります。
この「続けると決める力」が、自分にとっての継続の意思力です。
ただ流れで続いているのではなく、何度か考え直しながら、それでも続ける。
そういうものも、継続の中に含まれていると思っています。
継続には3つの要素
自分は、継続力には意思の力だけでなく、仕組みも大事だと思っています。
さらに言えば、その習慣を続ける意味をどう認識しているかも大きいです。
整理すると、自分の中では継続できるには3つの要素があると感じています。
意思の力。
仕組み。
認識。
このあたりは少し長くなるので別で書こうと思いますが、
この3つが揃って、はじめて続いていくのではないかと思っています。
自分は継続の人だと思う
こうして振り返ってみると、自分はやはり継続の人なのだと思います。
10年以上継続していることだけでも、かなりあります。
合気道
茶道
筋トレ
土日の料理
早起き
早朝仕事
社長業
読書年に100冊
禁煙
青汁サプリ
ストレッチ
瞑想
毎月の晦日参り
神棚への祈り
海外旅行年に1回
親を連れての家族で年末温泉
それ以外にも、「ゴルフの週3練習」は5年目、「妻と温泉旅館に年2回行く」のは6年目、睡眠時間の確保も6年目です。
カポエイラを始め、このブログも始め、ウォーキング30分も始めました。
こうして並べてみると、自分の毎日は、継続していることでかなりできているのだと感じます。
継続と習慣は、重なりながら成り立っている
継続とか習慣という言葉を考えていると、単なる行動の話ではなく、人生の形の話に近い気がしてきます。
何を続けるのか。
なぜ続けるのか。
途中で揺れても、また続けるのか。
そういうことの積み重ねが、その人の生き方になっていくのかもしれません。
自分にとっては、習慣はただ自動で回るものではなく、継続の中で守ってきたものでもあります。
だから、習慣と継続は別のものというより、重なりながら人生を支えているものだと思っています。
まとめ
AIの定義する「継続」と「習慣」は、とても分かりやすいと思います。
ただ、自分はそれだけでは少し足りない感覚があります。
習慣になったあとにも、続けていく力は必要です。
そう考えると、自分は「習慣の人」というより、「継続の人」なのだと思っています。
これからも、何を続けていくのかを考えながら、生きていきたいと思っています。
